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紋章椅子から、鴨居玲を覗き込む

紋章椅子から、鴨居玲を覗き込む

 2026.01.08 08:54

鴨居玲の制作部屋に置かれた、制度としてはすでに役割を終えた、紋章を刻むスペイン椅子。かつての制度的役割を離れたこの椅子に、鴨居玲は制作空間の中で、どんな意味を見出し、なぜこの椅子を置いたのだろうか。

紋章椅子からの入り口

それまで私は、鴨居玲という画家について
何ひとつ知らなかった。


置いてあるものから俯瞰する

この椅子について調べ、考え、制度として読み解いていく中で、私が調べたことといえば、

「鴨居玲は、いつ頃、スペインのどの辺にいたのか」それだけだった。

通常であれば、絵からインスピレーションを受け、そこから画家の名前や経歴を辿っていくのだろう。

けれど私は、それとはまったく別の入口から入ってしまった。

紋章を刻んだ椅子。
しかも、制度としてはすでに役割を終えた椅子。

つまり、「制度として役割を終えた紋章椅子」こそが、私にとっての鴨居玲への入口だったというわけだ。

笠間日動美術館「鴨居玲の部屋」の展示空間。椅子やテーブルなどの家具が配置されている。

展示の名前を思い出してみよう。
「鴨居玲の部屋」である。

つまり、鴨居玲の制作部屋にあったものは、教会空間だったのかもしれない。

修道院のようなテーブル。
コロベンチやチャーチチェア。
そして、背に紋章を刻んだスペイン椅子。

それらは、展示のための什器というより、意図的に集められたものに見えた。

ここで、展示空間に置かれていた家具を、本来の使用文脈に戻して整理してみる。

名称

本来の設置場所

使用する人

主な仕様目的

性格・特徴

コロベンチ(Choir Stall / Coro Bench)

教会内陣・聖歌隊席・修道院聖堂

聖職者・修道士・聖歌隊員

詠唱・読誦・典礼参加

集団用/背板で区画/役割席

チャーチチェア(Church Chair / Pew)

教会身廊(一般信徒席)

一般信徒

礼拝参加・着席

公共用/序列弱/長時間着座

スペイン椅子(Sillón español / 17–18世紀型)

行政施設・上位者室内・裁定空間

管理職・裁定者・役職者

裁定・面会・公式判断

個別席/象徴性強/権限表示

長テーブル(Refrectory Table / Council Table)

修道院食堂・会議室

修道士・聖職者・役人

食事・会議・共同作業

機能中心/役割は席ではなく配置

しかし、キリストはいない。

ここが信仰空間なら、

  • 十字架

  • キリスト像

  • 聖母

これらが在ってよいはずだが、でも実際には、

  • 椅子はある

  • 役割を持つ席はある

  • しかし「崇拝の対象」がない

残っているのは、

  • 座る場所

  • 見下ろす/見上げる構造

  • 沈黙

  • 判断の前の静止


あえて中心を空にした空間

  • 祈る場ではない

  • しかし、裁かれる/見つめられる緊張感は残っている

なぜこの空間である必要があったのか?

そんな疑問がふと沸く。

そして、椅子ごとに役割が違う事に気が付く。

区分

紋章椅子(Armorial Chair)

コロベンチ(Corbel Bench)

チャーチチェア(Church Bench / Pew)

設置形態

可動・独立した椅子

壁・柱に固定されたベンチ

可動(または半固定)の長椅子

所属空間

裁定・統治・制度の中枢

建築・制度の周縁

信徒・共同体の空間

座る人

役職者(管区長・裁定者)

待つ人・控える人

信徒・一般の人

座る条件

役職に就いた者のみ

条件なし(ただし役割なし)

誰でも

座った瞬間

役割が発生する

何も起こらない

祈り・傾聴が始まる

主体性

極めて高い

ほぼゼロ

個人的・内面的

機能

裁定・徴税・判断

待機・傍聴・沈黙

祈り・礼拝・参加

紋章の有無

ある(制度の可視化)

ない

ない

視線の向き

空間を支配する位置

側方・壁際

正面(祭壇・説教台)

象徴するもの

制度・権限・秩序

制度の影・沈黙

共同体・信仰

教会空間には

  • 決定する椅子

  • 待つ椅子

  • 祈る椅子

の三層が存在していた。

しかし、キリストの様な信仰もなければ、マリア像もない。制度も抜け落ちたあと。

  • 痕跡。

  • 抜け殻。

そんな言葉が頭に浮かんだ。信仰の対象が、意図的に欠落しているんだ。

制度という役割を終えた、鴨居玲の部屋に置かれた紋章椅子

ここまで来て、私はようやく

何が語られなかったか、を意識しはじめた。

何が語られていないか

あくまで、絵を主としてではなく、置いてあった家具だけでの考えだが

救済がない

家具の象徴から読み取れるのは

制度・権限・秩序・制度の影・沈黙・共同体・信仰

しかし、それらの家具が鴨居玲の部屋にあることが意味するのは、既にその教会は「無い」という事だ。

教会がないという事は、あったはずの信仰もない。

紋章椅子がそこに無いという事は、座る人(制度や権限)もない。

残っているのは、救済が語られる前に、

人間が立たされ、座らされ、待たされてきた「構造」だけだった。


私なりのまとめ

私が調べたことといえば、
「鴨居玲は、いつ頃、スペインのどの辺にいたのか」
それだけだった。

読み取った入口は、鴨居玲の部屋の家具だけ。

前知識もなく訪れた美術館で感じた違和感。

この違和感の正体は、残った構造。

知識を先に入れると、どうしても知が先行してしまう。
だから今回は、あえて何も調べずに進んだ。

その結果、ようやく
紋章という制度が、どのように展示空間に
残されたか」を理解できたような気がしている。。

現時点での整理と、ひとつのお願い

ここまでで、この紋章椅子が持っていた制度的意味や、地域・時代との整合性は、かなり明確になってきた。

一方で、まだ分かっていないことも多い。
紋章好きとして、いちばん気になっているのは、

この椅子が、実際にどこで使われていたのか
(どの教会、あるいは、どの制度空間だったのか)。

もし、この椅子や展示構成について、資料や記録をご存じの方がいれば、ぜひ教えていただけたら嬉しい。


── 関連記事 ──


※ 本記事では、展示空間に置かれた紋章椅子を
装飾ではなく制度の記号として読み解いています。
その椅子が、制作部屋という空間に置かれた意味については、
次の記事で別の角度から考察しています。


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アーモリアル陶磁器と紋章文化を、個人研究として記録・考察しています。 いつか、おばあちゃんになったら、静かなミニ紋章ミュージアムを開くのが夢です。

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