ARIRIA
講師の茜華が主に、産経国際書道展、新春展に出品した作品になります。
問余何意棲碧山
笑而不答心自閑
桃花流水杳然去
別有天地非人間
李白
この詩は、李白が山中に隠遁し、俗世を離れて自然と共存する心情を反映しています。李白は政治への野心を抱きながらも、朝廷での成功を果たせず、しばしば山野や友人との交遊に身を置きました。この詩は、世間の問い(「何の意図で山に住むのか」)に対する彼の回答とも言えます。
山中で私に問う、何の意図があって碧い山に住むのか、
笑って答えず、心は自ずから閑静である。
桃の花と流水は遠く杳として去り、別天地があり、凡俗の人間界ではない。
李白(りはく)は、唐代の浪漫主義的詩人で「詩仙」と称されます。本名は李太白、字は太白。四川で育ち、各地を放浪しながら詩を詠みました。

閨中少婦不知愁
春日凝妝上翠樓
忽見陌頭楊柳色
悔教夫婿覓封侯
王昌齢
この詩は、若く無垢な女性が夫の出征や遠方の官職就任(封侯)を送り出した後、春の情景に触発されて孤独や別れの悲しみに気づく心情を表します。王昌齢の宮怨詩は、女性の内面を繊細に描くことで知られています。
閨にいる若い婦人は愁を知らず、
春の日、化粧を凝らして翠の楼に上る。
突然、道端の楊柳の色を見て、
夫を遠く封侯を求めさせたことを悔やむ。
王昌齢(おうしょうれい)は、唐代の著名な詩人で「詩鬼」と称されます。本名は王昌齢、字は少伯で、北方で育ち、辺塞詩や宮怨詩で知られています。代表作に「出塞」や「閨怨(けいおん)」があり、深い情感と鮮やかな情景描写が特徴です。

故人西辭黄鶴楼
煙花三月下揚州
孤帆遠影碧空尽
唯見長江天際流
李白
この詩は、唐代の詩人李白が友人である孟浩然を黄鶴楼(湖北省武漢市にある古い楼閣)で見送った際に詠んだとされています。孟浩然は揚州(広陵)へ旅立つところです。
故人(友)が西から黄鶴楼を辞し、
煙花が美しい三月、揚州へ下る。
孤立した帆の遠い影が碧空に消え、
ただ長江が天際まで流れていくのみ。
李白(りはく)は、唐代の浪漫主義的詩人で「詩仙」と呼ばれます。本名は李太白、字は太白で、四川で育ち、放浪しながら自然や友情、酒を愛する詩を詠みました。代表作に「静夜思」や「黄鶴楼送孟浩然之広陵」があり、豊かな想像力で知られます。

五月新苗綠上衣
農人占雨候荆扉
黑雲合處斜光露
無賴蜻蜓千百飛
朱彝尊
詩は5月(晩春から初夏)を舞台に、農耕と新苗の成長、農民の生活や自然の変化、希望と不安を描きます。「農人占雨候荆扉」は雨を占う農民と簡素な門(荊扉)を示し、古代の雨への祈りを反映。「黒雲合處斜光露」と「無賴蜻蜓千百飛」は夏の訪れと活力を象徴し、詩に詩情と動きを加えます。
五月の新しい苗が緑の衣をまとって、
農民は雨を占い、荊の門を待つ。
黒雲が集まる所で、斜めの光が露を照らす。
自由奔放な蜻蜓が千百匹、飛び回る。
朱彝尊(しゅいそん)は清代の詩人で、自然描写や農村生活を題材にした詩を多く残しました。
私がこの作品の中で最も心惹かれるのが、李白の「山中問答」です。
この詩が伝える「俗世から離れ、自然の中で静かに心を整える生き方」は、現代の忙しない日々を生きる私たちにも深く響くものがあります。とくに「笑って答えず、心は自ずから閑静である」という一節は、無理に答えを出さなくてもよい、ただ在るだけでよいという優しさに満ちていて、書くたびに心が静まります。
私自身、書を通して「心のゆとり」や「内なる静けさ」を届けたいと願っています。だからこそ、この詩と出会い、書に表すことで、誰かの心にも静かな光が届けばと思いながら筆を執りました。
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